教えて、シード君!

京都府西京区阪急桂駅前の学習塾、シードゼミのブログです。毎日の勉強を少しだけラクにTipsを紹介します!

阪急桂駅徒歩1分!京都市西京区に根ざして15年。地域密着だからこそできる、ひとりひとりににあわせたきめ細やかな指導が自慢です!

SEEDゼミウェブページもあわせてよろしくお願いします!

No.416【「文字を読む」と「物語を読む」の違い!?日本語=国語じゃない!】

「日本語が話せるんだから国語は大丈夫!」
国語の授業をしていると毎年こんな風にいう生徒さんと出会います。
みなさんの中にもこう思ったことがある人はいませんか?
実は、偉そうにこう言っている僕自身も、中学校時代は同じようなことを言っていました…笑
で、案の上国語が全くできない。
なぜ日本語を話しているし毎日読んでいるのに、同じ日本語で書かれた文章を題材にした問題が解けないのか?
僕がこの疑問に対する答えを持てたのは、国語を指導するようになったときでした。

「売ります。赤ん坊の靴、未使用。」
これは小説家のヘミングウェイが友人と「10個の単語を使って物語はできるか?」という勝負をしたときに作ったとされる「物語」です(日本語に訳したために10文字を超えてしまっていますが、もとの文は「For sale: baby shoes, never worn」と、たった6単語でできています)。
皆さんはこのヘミングウェイの物語を「読む」ことができますか?

僕はよく国語の授業の中で、「文字ではなく物語を読もう」という話をします。
しっかりと読んでいると思っていても、実際には文字を追いかけているだけで、その内容を理解していないということが少なくありません。
上に挙げたへミングウェイの一文はその好例です。
「売ります。赤ん坊の靴、未使用。」の文を見て、意味が分からないという人は恐らくほとんどいないでしょう。
「使ってない赤ちゃん用の靴があって、それが売られている。」
なんてことは無い、普通の情報です。
しかし、ヘミングウェイはこれを「物語」だと言っています。
単なる靴を売っている場面ではないのです。
では、ここにはどのような「物語」が描かれているのか?少しの間考えてみて下さい。

なぜ主人公は赤ちゃんの靴を持っていて、その上その靴は未使用だったのでしょう?
そして、なぜその靴は売りに出されなければならないのでしょう?
そうやって物語を考えていくと、そこには一人の女性像が浮かび上がってきませんか。
「ある街に、出産を控えた女性が幸せに暮らしていました。彼女は我が子の誕生が待ち切れなくて、これから生まれてくる子のためにさまざまな準備をしています。赤ん坊の靴はその一つ。生まれてくる我が子を思い描きながら着々と準備を進めていたのですが、いざ子どもを生んでみたら、不幸にも流産となってします。そこに残されたのは『その子』のために用意した新しい靴。今はもう自分でそれを持っていても仕方がありません。だから売りに出すことにした。その時の立て札が『売ります。赤ん坊の靴、未使用。』だった。」
ヘミングウェイはこの英語にしてたった6文字の文で、このような失意の女性を描ききっています。
これが「物語を読む」ということ。

もちろん国語の授業で求められるのは、ヘミングウェイの上の文ほど難解なものではありませんが(因みに実際に関西学院大学の小論文入試でこれが問われたことはあります!)国語の作品を読むという行為にはこういった物語を読む力が必要になってきます。
(論説文の場合はそれが「論理的な読み方」になってきます)
そしてその力は、「日常生活で日本語を使っている」だけでは絶対に身につきません。
きちんと意識して練習し、少しずつ身につけていかなければならず、それこそが国語の授業で伝えんとするところなのです。
そう考えると、日本語が話せるから国語は大丈夫なんて言えなくなりませんか?笑
国語で身につける読解の方法は、科目を超えて、もっといえば勉強という枠組みを超えて役に立つスキルです。
「文字を読むのなんてメンドい…」と思う人の気持ちも分からなくはないですが、どうせ勉強しているわけなので、せっかくならこのタイミングで正しい「読み方」を身につけてみませんか?
僕たちが全力でそのお手伝いをします!