ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

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「考察」と「感想」と「分析」と「評論」

2017/04/04
文章にはさまざまな種類があります。
そして、求められる内容によって当然書き分けを行わなければなりません。
たとえば、感想文を書けといわれて、評論を書いても、それが「感想文」として評価されることはありません。
僕は、文章の違いを説明するとき、しばしば料理を例に出します。
例えば、お母さんが腕によりをかけて料理をつくり、あなたに「この料理どう?」と聞いたとします。
それに対してあなたが、「この料理はピーマンとニンジンと牛肉が煮込まれていて、隠し味にコンソメを使っているね」なんて言ったらお母さんはどういう反応をするでしょう?
きっと、「もういい」って、怒ってしまうに違いありません(笑)
お母さんがここで求めているのは「あなた」の感想です。
「この料理はピーマンとニンジンと牛肉が煮込まれていて、隠し味にコンソメを使っているね」というのは事実を述べただけであり、ジャンルとしては分析や報告書になってしまいます。
では、感想とは何か?
感想文とは、あなたがその出来事によって何を感じ、どう自分が動いたのかを表現すること。
料理でいうのなら、「この味付けがとっても美味しかった」とか、「ピーマンは苦手だけど、これは美味しく食べることができた」みたいなことなのです。
感想文に関しては、「自分がどういう影響を受けたのか」が大事になってきます。
残りの二つ、「考察」と「評論」についても考えてみたいと思います。
考察とは、そこにある事実から、どのようなことが予想されるかを答えることです。
たとえば、「この料理では牛肉が普段に比べ柔らかく仕上がっている。このことから、牛肉は緑黄色野菜と共に長時間煮込むことで柔らかくなるということが考えられる。」みたいな感じ。
ここで上げた調理法は、全くの出鱈目なので鵜呑みにしないで欲しいのですが、構造としてはこういう文章が考察に当たります。
特に、理科の実験のときは、考察と事実の把握の区別がつかない人がいるので気をつけましょう。
最後の評論は少し難易度が高くなります。
目の前の事実をもとに、論理を積み上げねばなりません。
たとえば、「この料理は自分の味覚にあった。それは、単なる個人の嗜好ではなく、伝統的に『煮込み料理』好んできたという日本人の国民性に由来する。縄文時代から、我々の祖先は、採集した食料を、一つの鍋で煮炊きすることを好んでいた。その証拠に…」と言った具合(笑)
客観的事実を持ち出して、自分の考えを一般化すれば、それは評論になります。

即興で書いた上の文の出来はともかくとして、なんとなく、それぞれの文章の違いは分かっていただけたと思います。
文章を書くことを求められたときは、「何を聞かれたのか」をしっかり意識するようにして下さい!