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ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

京都府西京区阪急桂駅前の学習塾、シードゼミのブログです。Facebookで更新しているコラムを転載しております。

阪急桂駅徒歩1分!京都市西京区に根ざして15年。地域密着だからこそできる、ひとりひとりににあわせたきめ細やかな指導が自慢です!

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結果と評価は分けて考える

2016/11/08

自己PRの相談を受けたとき、まず一度、生徒さんが失敗だと思っていることを一通り聞き出すようにしています。
その人らしいPRポイントは、本人が失敗と思っている場所にこそ潜んでいる場合が多いからです。
部活動でベスト8、部長、応援団長etc…
自己PRというと、どうしても自分らしい「結果」を残したことを探しがちです。
しかし自己PRで聞かれているのは、そういった輝かしい「結果」の部分ではないんですよね。
そうではなくて、求められているのはその人がどういう人なのかがわかるエピソードや結果までの道のりです。
「結果」が凄い必要なんてないのです。
むしろ凄い結果なんて、だいたいが似たり寄ったりで、結果を押し出せば押し出すほど、自分らしさは見えなくなってしまいます。
それに対して同じ失敗経験を持っている人はほとんどいません。
というかそもそも、失敗経験なんていうのは「本人がそう判断しているだけ」であって、見方を変えれば大きな魅力を秘めたPRポイントであるばあいも少なくありません。
ある「結果」を失敗とするのは、本人の判断です。
「結果」そのものには失敗も成功もありません。
例えば「部活動を途中でやめた」という結果を持っている人がいるとして、大半の生徒さんはそれを「失敗」と捉えています。
しかし、何を以ってこれを失敗と判断しているのでしょうか?
「部活動を途中でやめた」というのは単なる「選択」であり、それ自体に良いも悪いもありません。
そこに価値をつけるのは、自分たちの基準です。
仮に継続力をアピールしたいという基準で「部活動を途中でやめた」という選択に「評価」を加えれば、確かにマイナスになるでしょう。
しかし、家計を支えるためにバイトを始めたというのならその評価は全く別のものになります。
或いは高校では勉強を頑張ると約束して私立高校に入れてもらったのに、高校では勉強そっちのけで部活にハマって10月過ぎまで試合に出ていましたなんていうのは、完全にマイナスです。
こんな風に、ある現象にどういう評価を下すかは、見方次第なのです。
それならば、誰もがかけるようなありきたりな経験よりも、自分にしかない経験からエピソードを掘り下げたほうが、自己PRは書きやすいですよね。
どんな凄いエピソードがあったかではなく、些細なエピソードをどういう視点で切り取るか。
自己PRで悩んでいる人は、この視点で考えてみてください。