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ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

京都府西京区阪急桂駅前の学習塾、シードゼミのブログです。Facebookで更新しているコラムを転載しております。

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現代文は「勘」じゃない!

2016/10/31

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本日の授業終わり、国語の質問をしてきてくれた生徒さんがいました。
彼の質問は「この問題の答えの選択肢は説明を読んで納得できたのですが、僕が選んだ選択肢の何処が間違えか教えて欲しい」というものでした。
ここ最近、立て込んでいて彼の自習の様子を見ることができていなかったのですが、僕はこの言葉を聞いたとき、目の届かないところでも良質な勉強をしているという確信が持てました。
現代文の勉強において、正解を見て終わることなく間違えの選択肢が間違えである根拠にも気を配るというのは、非常に効果的です。
現代文の間違えの選択肢の多くが、因果関係のミスによって作られています。
そのため、間違えの選択肢がなぜ間違えであるのかを追うことは、正しい因果関係を見抜くための絶好の勉強方法なのです。
現代文と言う科目は、他の科目と比べてふわっとした部分が多く、受験生から甘く見られがちな科目です。
しかし、それが他科目と同じ割合で受験の合否を担う以上、他と比べて簡単であることはなく、また解法が個人のセンスに委ねられているなんてこともないのです。
受験科目として存在している以上、そこには「知識」も「解法」も存在します。
現代文における知識とは「語彙」のこと。
ただし、ここでいう「語彙」とは漢字や慣用表現の知識ではありません。
たとえば「道徳」や「経済」、「アイデンティティ」といった抽象的な言葉を、自分の言葉で説明できる力のことです。
アイデンティティ」を「自己同一性」なんていう難しい言葉で覚えていても文章は読めません。
抽象的な言葉をいかにわかりやすい言葉で理解しておくか。
これが現代文における「知識」です。
そして、もちろん解法もあります。
「設問を読んでそれに合致する部分を探し出す」というのが解法に思われがちですが、それ以前に文章を正しく読むことが必要になります。
そのためには指示語と接続語の正しい知識、そして逆接・類比・対比といった論の立て方を見抜く訓練が不可欠です。
たかが日本語と思っていた現代文も、こうやってみると意外やるべきことが多くないですか?
こうした部分をコツコツと積み重ねていた冒頭の彼は、近いうちに結果に大きな変化が現れるように感じました。
センター試験まで、確かに時間は少なくなってきたけれど、まだまだやれることはいくらでもあります。
焦って質の低い勉強に走らず、落ち着いて丁寧に実力を積み重ねて下さい。