ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

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勉強って、拷問ですか?

2017/20/29

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目の前にいっぱいに水の入ったバケツと空のバケツが用意され、満タンのバケツから空のバケツへと水を移す。
一方のバケツに水を移し終えたら、今度は先ほどのバケツにそれを戻させる。
これを永遠と続けさせることで殆どの囚人は自殺するか発狂する。
ドストエフスキーの小説「死の家の記録」に登場する拷問です。
人間はいつ終わるかも分からない作業を永遠に強制されると発狂してしまうみたいです。
死の家の記録は、僕たちに勉強でモチベーションを保つ方法を教えてくれます。
つまり①無意味な行動を②いつ終わるかも分からない環境で③強制させなければいいわけです。
②は簡単です。
その日の勉強を時間なり分量なりで区切ってあげればいいだけ。
問題は①と③ですが、これは互いに関連しています。
①ができれば自然と③も満たされるのです。

すすんで勉強ができる人は、例外なく自分の目的のために勉強を行っています。
志望校に受かりたい、あいつに負けたくない、一番になりたい、親や先生に褒められたい、いい点を取ったら犬を買ってもらえる(笑)
理由はそれぞれですが、勉強に何かしらの目的を持っているのです。
中には不純な動機も少なくありませんが(「犬が欲しい」とか)、僕は別にそれでいいと思います。
勉強は美しい動機においてされるべきという「理想」は、勉強が好きな人たちに任せておけばいいじゃないですか。
少なくとも、本来は行ったら自分にメリットがある行為を拷問と同じカテゴリで認識しているよりはずっといい(笑)
まずは勉強が自分に対する僕たち大人からの嫌がらせではなく、自分のメリットになるものと認識してもらうことが最優先だと思うのです。
動機付けをして主体的に勉強に取り組むようになるには本人の意志力が不可欠ですが、そのきっかけを与えるのはお父さんお母さん、学校の先生、そして僕たちの役割です。

勉強が苦痛に感じる人は、まずはその動機を見つけてください。
その動機を見つけるために、僕たちに勉強で悩んでいることがあれば気軽に声をかけてください。
非常に小さなことかもしれませんが、僕たちが勉強をしようと思えるきっかけを一緒に見つけます!
「だからSEEDゼミで一緒に勉強しませんか?」なんてつけたら、チープな広告みたいになってしまいますので、そんなことはせず、あくまで塾生さんたちへのメッセージ