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ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

京都府西京区阪急桂駅前の学習塾、シードゼミのブログです。Facebookで更新しているコラムを転載しております。

阪急桂駅徒歩1分!京都市西京区に根ざして15年。地域密着だからこそできる、ひとりひとりににあわせたきめ細やかな指導が自慢です!

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分からないのは誰のせい?

2016/10/08

大道芸人さんたちは、たくさんの常套句を持っています。
パフォーマンスの最後、お金を貰うときに集金箱を手に持って言う「ここまで僕は精一杯のパフォーマンスをしてきました。次は皆さまの番です。」という台詞や、「皆さまからの拍手を聞いて、喜んでいただけたのだということが十分に分かりました。次はその気持ちを『分かりやすい』形にして、僕の元に届けていただけたらと…」という台詞。
いろいろな言い回しがある中で、僕の印象に残っているのは「大道芸のパフォーマンスは、僕と皆さまで作り上げるものです。僕だけではできません。僕が一生懸命に芸をして、そしてそれにみなさんが派手なリアクションや驚きの声で答える。そうすると通りすがりの買い物客の皆さんが気になって足を止めるようなパフォーマンスになるのです。」なんて言葉があります。
「私とあなたで作り上げるもの」というのは、学校の授業にも言えることだなあと思います。

よく、「学校の授業が全然わからへん!」という人がいます。
僕はこの言葉を聞くと必ず「分かろうとどういう準備をしたの?」と聞き返すようにしています。
確かに学年が進むにつれ内容自体が難しくなり、実際に理解するのが難しいということもあります。
しかしその場合、当然自分の側で準備できることもたくさんあるはずです。
例えば英語であれば、知らない単語を辞書で全て調べておくことや、前回の授業内容を全部振り返って理解しておくことです。
或いは数学であれば、それまでに習った公式の中で今回の単元に必要そうなものを復習しておくというのも有効でしょう。
苦手な単元であれば、事前に教科書の例題を、説明を見ながら自分なりに一度解いておくといことだってできます。
そうした講じ得る対策、少し厳しい言い方をすれば理解できないのであれば準備しておかねばならない事をせずに学校の授業が分からないというのは、少し違うのではないかなと思うのです。
(もちろん僕たちの授業に関しては、どんどん「分からへん」といって下さって結構です!)

学校の授業が分かるというのは掛け算です。
いくら学校の先生が分かりやすい授業をしていても、仮に受ける皆さんの側が何の準備をせずにゼロの状態で授業に臨めば、そこから得られる理解はゼロのまま。
だって、ゼロに何を掛けてもゼロですから(笑)
もちろん一生懸命できる準備をしたその上で授業についていけないということもあるかもしれません。
その場合はどんどん僕たちに言ってください!
しかし、そうではなく自分の側でできる準備を何もしていないのであれば、まずはゼロをイチにすることから始めましょう。
たったそれだけでも、驚くくらいに授業の理解度が変わるはずです。
毎日の勉強の中で多くの比重を占めるのは学校の勉強です。
理解できないと投げ出さず、しっかりと「理解する」準備をするようにしましょう!