ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

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理解力を上げるには、耳で聞いてるだけじゃダメ!

2014/04/21
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みなさんは単純な文字数で情報量を比較したとき、テレビと本では、どちらの情報量が多いと思うでしょうか?
「どうせ本っていいたいんでしょ」なんて思われるかもしれませんが、少なくも文字数で考えたとき、本とテレビならば圧倒的にテレビの方が情報量は多いといえます。
この事実を踏まえた上で、やっぱり活字の情報に触れることを強く勧めています。
流れる情報と活字情報の最大の違いは、理解するための主導権を誰が握っているかという点にあります。
テレビのように流れている情報の場合、それを理解する際に、主導権は受け手の自分にありません。
どのような順序で、どのようなスピードで情報を伝えるか。
そういったものは全部流す側にゆだねられています。
そしてたいてい自分の理解力をずっとこえる情報量が伝えられます。
どれだけ多くの情報が伝えられても、一度に処理できる情報量は自分のスペックに依存します。
したがって、自分に主導権がない状態で大量の情報に触れたところで、実際に身につく知識はごくわずかになってしまいます。
一方で活字の情報は理解する際の主導権が自分にあります。
難しいと思えば繰り返し読むこともできますし、知らない言葉が出てきたら、そこで止まって意味を調べることもできます。
自分の理解力に合わせて、情報と向き合うことができるのです。
この場合、自分の理解力を超える内容も理解することができます。
一読して理解できない内容であっても、自分の理解力に合わせて情報に触れることができるからです。
さて、理解力を伸ばそうと考えたときに有効なな情報の取り方は、どちらのやり方でしょう?
いうまでもなく、これは後者です。
テレビのように流れてくる情報を拾うというのは、自分の頭が瞬時に吸収できる範囲を超える情報処理をしないため、いつまでたっても処理できる情報量は変わりません。
それに対して、自分の理解力を超える内容を処理しようとする活字による情報収集は、限界を超える付加をかけているという点で、理解力そのものを上げる効果を期待できます。
理解力を上げたいと思ったら、いかに後者を勉強に取り入れるかが重要なのです。
因みにこの2分類でいけば、講義の中で話す内容はテレビと同じ。
後者の勉強は、ノートを見て行う自主学習。
僕たちがうるさく「ノート(プリント)を見よう」と言っていうのは、こういう理由があるわけです。
書いて終わり、受け取って終わりではなく、宿題をやるときにノートを開いて、しっかり「理解」してください。