読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

京都府西京区阪急桂駅前の学習塾、シードゼミのブログです。Facebookで更新しているコラムを転載しております。

阪急桂駅徒歩1分!京都市西京区に根ざして15年。地域密着だからこそできる、ひとりひとりににあわせたきめ細やかな指導が自慢です!

SEEDゼミウェブページもあわせてよろしくお願いします!

勉強はハイブリットで

2016/11/4

ガスバーナーの実験を思い出してください。
マッチをすって火口に近づけ、少しずつガス調節ねじを開く。
赤い炎がついたら今度は少しずつ空気調節ねじを開いていきます。
空気を加えることによって赤かった炎が青白くなって、ガスバーナーへの点火は完了!
ガスバーナーの火は、空気を混ぜることでより高温に達します。
おの空気とガスのハイブリット可燃術は、勉強で大切なことを教えてくれます。
特に文型科目でその傾向が見られるのが、問題を解く際に全てを知識で何とかしようとする人がいます。
これは、ガスバーナーでいうところの「ガス」のみ点火した状態です。
これでは燃費(と言うのかは分かりませんが…)が悪いうえにか火力も足りません。
文系科目といえども、全てが知識を問うているわけではありません。
むしろ、知識以上に考え方を問うている場合が多いのです。
試験問題は「知識」と「思考」で考えるのが必須です。
ちょうど「思考」が空気の役割をしてくれるのです。
これは国語や英語に限らず、社会だって同じ。
全部を丸暗記しようとすれば負担が大きすぎます。
というかたぶん不可能です。
空気を混ぜて効率のよい燃焼をするという視点が重要なのです。
さて、それではどうやって「思考」を身につけたらいいのでしょうか。
思考力を身に付けるには、普段の授業や自主学習の際にちょっとした習慣を付けておくことが大切です。
それは、「どうしてそうなるのか」という視点で問題に向き合うことです。
歴史上の出来事であれば、どういう繋がりのなかで発生したのか、公民であれば、単に憲法の条文を覚えるのではなく、どういう時代背景においてその法律が生まれたのか。
そういった「どのようにして」の部分に注目するのです。
初めはそもそも「なぜ?」という視点をどこに持てばいいのかが分からないかもしれません。
しかし、そうやって考えることを意識していると、少しずつ「どうして」という部分が分かるようになってくるのです。
これが「思考」が身に付いたという状態です。
一度でも思考するコツがつかめれば、後は簡単です。
そこからは非常に燃費のよい、且つ高火力の勉強ができるようになるのです。
勉強をあげるという視点ではなく、勉強の効率そのものを上げてしまう。
この視点で勉強に向き合うことができるようになると、驚くくらい成果が伸び始めます。
実践してみて下さい!

大学は「やりたいこと」がなくちゃ行ってはいけないの?

2016/11/3 

大学入試の進路相談をするとき、僕は次のベン図で考えるようにと伝えるようにしています。
もちろんやりたいことがあるのなら、学校のブランドや立地など関係なく、やりたいことのできる学校を選べばいいと思いますが、そんなもの決まっていないという人が殆どだと思います。
むしろ僕は、「やりたいことを決めなければいけない」という強迫観念から、妥協案として「やりたいことを決める」という形で進路を選ぶことの危険性のほうが多いと思うのです。
そうなってしまうくらいなら、他の要素も予め選択の要素に入れておいたほうがいいのではないか。
そう思うため、志望校は①やりたいことと②土地制約③学校ブランドのうち、自分にとってそれぞれがどの程度の重要度であるかを考えるようにと伝えています。
因みにこの3要素のうち、2つだけを満たしている大学の中から進路を選ぶというのは、それほど難しくありません。
自分のやりたいことが決まっていて、土地制約(自宅通いなど)があったとしても、学校名を全く気にしないのであれば進路は必ず見つかります。
或いはやりたいことがあって、ある程度の知名度のある大学に行きたいという場合でも、所在地の制約がなければ大幅に勝率が高くなるでしょう。
もちろん自宅通いでそこそこの知名度というのも同じで、学部は全く気にしないというのであれば、どこか満足のいく大学は見つかります。
問題は3つの要素を100%満たしているところがいいという場合。
全ての要素で納得できる場所でないと嫌だという場合、途端に入試の難易度が高くなります。
僕がやりたいことだけではなく、他の要素も書き出して、自分にとってそれぞれの構成要素が自分の進路選択においてどのくらいの寄与度なのかを把握しておく方がいいと言っている最大の理由はここにあります。
「やりたいことができる学校がいい」といっている人は、十中八九、言外にそれ以外の要素のリクエストを持っています。
しかし「やりたいことができる学校を選ぶべき」と言われてしまうと、他の要素を口にするのが憚られ、外見ではこれらの要素を捨てているように振舞うのです。
実際はそういった要望もあるのでいざ現実的な案を突きつけられたとき、顔を濁してしまう。
そんな風になるのなら、絶対に予め他の要素も書き出して、その上でそれぞれを何%くらい選択の要素としているかを吐き出しておくべきです。
そうすることで、地に足のついた進路選択ができますし、進学後のミスマッチを減らすこともできます。
いよいよ入試も近づいてきて、ただ全力で勉強に打ち込めばいいフェーズから、現実的な進路設計をしなければならない段階に突入しました。
どんな要素で学校を選びたいのか、あるいはどの要素ならどの程度妥協ができるのか。
最低でもこれから4年間は学ぶであろう場所を選ぶにはこうした視点も重要です。
自分の重視する点だけでなく妥協できる部分はどこなのか。
そういった視点からの学校研究もしてみてください!

f:id:kurumi10021002:20170413173549j:plain

満点、狙ってみませんか?

2016/11/01

f:id:kurumi10021002:20170410163210j:plain

 

「中高生のうちに一度でいいから満点を取る経験をして欲しい。」
僕が生徒さんによく言う言葉です。
天上に触れる経験をして欲しいと願っているからです。
テストという「ゲーム」は(遊びという意味ではなく「勝負」という意味でこの言葉を使ったので、気分を悪くしないで下さい…)予め満点(基本的には100点)が決められていて、その最大値までの加点方式で点数を競います。
つまりどんなに悪くてもゼロ点以下は取れないし、どんなに良かったとしても100点以上は取れない仕組みです。
芸術の分野やスポーツの分野ではこうはいきません。
そもそも自分の実力に明確な点数なんかが付けれられないですし、仮に点数で表したとしたら、その満点はおそらく勉強の何百倍も高いところに設定されているように思います。
仮に絵画の実力が数値で採点されるとしたら、その点数の幅は0~数千点くらいかもしれません。
或いは勉強ならばどんなに悪くてもゼロ点を下回ることはありませんが、それ以外の分野ではマイナスという評価は普通にありえます。
十分な成果が出せなければ次のチャンスが回ってこないなんてこともザラです。
これが「勉強の外の世界」なのです。
0~100の世界で一喜一憂するのは、実は非常に狭い世界の中での競争です。
しかし、その世界で戦う当の本人がそれに気付くことはありません。
試験という中でその「広さ」を実感するには、満点という完全攻略を成し遂げるしかないのです。
一度でも満点をとってしまうと、テストというシステムの大きさが理解でき、次から戦うときのマインドセットがそれまでとはまるで違うものとなります。
それまではいつたどり着くか分からないゴールに向かって終わりのない努力を求められるものであったのが、ゴール地点とそこに到達するまでに必要なおおよその努力量が分かるようになるのです。
これが何よりも大きな財産になります。
情報化社会に引っ掛けるつもりはありませんが、この情報を「知っている」ということが、何よりも強い財産なのです。
一度でも、どんな教科でもいいので満点をたたき出すと、それ以降の勉強の見え方が変わってきます。
戦い方を知っているので次も上手く立ち回れるようになる。
テストで満点を取ることは、実質の凄さ以上に価値のあることなのです。
そもそも満点なんて想像もしていないという人がいるかもしれません。
しかし、他の分野に比べたら勉強を攻略することはそれほど難しくありません。
目標は高く!満点を狙ってみてはどうですか? 

現代文は「勘」じゃない!

2016/10/31

f:id:kurumi10021002:20170410162505j:plain

本日の授業終わり、国語の質問をしてきてくれた生徒さんがいました。
彼の質問は「この問題の答えの選択肢は説明を読んで納得できたのですが、僕が選んだ選択肢の何処が間違えか教えて欲しい」というものでした。
ここ最近、立て込んでいて彼の自習の様子を見ることができていなかったのですが、僕はこの言葉を聞いたとき、目の届かないところでも良質な勉強をしているという確信が持てました。
現代文の勉強において、正解を見て終わることなく間違えの選択肢が間違えである根拠にも気を配るというのは、非常に効果的です。
現代文の間違えの選択肢の多くが、因果関係のミスによって作られています。
そのため、間違えの選択肢がなぜ間違えであるのかを追うことは、正しい因果関係を見抜くための絶好の勉強方法なのです。
現代文と言う科目は、他の科目と比べてふわっとした部分が多く、受験生から甘く見られがちな科目です。
しかし、それが他科目と同じ割合で受験の合否を担う以上、他と比べて簡単であることはなく、また解法が個人のセンスに委ねられているなんてこともないのです。
受験科目として存在している以上、そこには「知識」も「解法」も存在します。
現代文における知識とは「語彙」のこと。
ただし、ここでいう「語彙」とは漢字や慣用表現の知識ではありません。
たとえば「道徳」や「経済」、「アイデンティティ」といった抽象的な言葉を、自分の言葉で説明できる力のことです。
アイデンティティ」を「自己同一性」なんていう難しい言葉で覚えていても文章は読めません。
抽象的な言葉をいかにわかりやすい言葉で理解しておくか。
これが現代文における「知識」です。
そして、もちろん解法もあります。
「設問を読んでそれに合致する部分を探し出す」というのが解法に思われがちですが、それ以前に文章を正しく読むことが必要になります。
そのためには指示語と接続語の正しい知識、そして逆接・類比・対比といった論の立て方を見抜く訓練が不可欠です。
たかが日本語と思っていた現代文も、こうやってみると意外やるべきことが多くないですか?
こうした部分をコツコツと積み重ねていた冒頭の彼は、近いうちに結果に大きな変化が現れるように感じました。
センター試験まで、確かに時間は少なくなってきたけれど、まだまだやれることはいくらでもあります。
焦って質の低い勉強に走らず、落ち着いて丁寧に実力を積み重ねて下さい。

進路相談は主語を明確にすることが大事

2916/10/30

f:id:kurumi10021002:20170410162158j:plain

「せんせー、◯◯高校っていいの?」
いよいよ受験が近づいてきて、こう言った質問をしてくる子が増えてきました。
僕は進路選択に関する質問でこの手の聞き方をしてきたら、「知らん!」とあえて突き放すと決めています。
「主語」または「目的語」の無い進路の質問は、結局本人のためにならないと思うからです。
「主語が無い」とは自分が高校を選ぶ基準を提示してくれないという場合を指します。
「自分はこういうタイプなんだけど、向いている高校はないか?」だったり、「自分が学校を決めるにあたって○○を最優先な条件にしているが、その場合はどんな高校があるか」といった聞き方であれば、いくらでも情報を提示できます。
しかし、「○○な自分にとって」という主語が不在の質問には答えようがないのです。
もう一つの目的語がないというのは、そこの学校のどういう部分をもって良い悪いを聞きたいかが分からない、何をしたいから選ぶと言うのが分からない場合です。
「この学校の○○ってどう?」みたいに、その学校の何を聞きたいのかが明確になっていない質問には、同じく答えようがありません。

厳しいように聞こえるかもしれませんが、主語が無い、目的語が無い質問を突き放すのには、僕なりの意図があります。
それは、進路選択を自分の責任のもとでして欲しいと言う想いです。
高校に入ってモチベーションが続かない子のセリフでよくあるのが「先生に勧められたから」とか「親にここがいいって言われたから」という言葉。
自分の責任で選択をしないと、高校に入った後の行動が無責任になってしまいます。
自らの責任において進路を選んでいる子は、そもそも「○○に言われたから行っただけ」という言い訳が取り上げられる。
自分で責任を負うことで、高校に入ってからも主体的に学校生活を送ることができるようになるのです。

自分で調べて、自分で判定基準を設定して、自分の責任で高校を選ぶ。
おそらく多くの人にとって高校入試は、自分の責任のもとで人生の選択をすることのできる最初のチャンスなのではないでしょうか?
自分の選択に責任を負うのは確かにシンドイことですが、絶対に大きな成長につながります。
僕は情報を伝えたくないわけではなく、いつでも余すことなく皆さんに高校の情報を伝える心づもりで待っています。
ぜひ能動的な姿勢で聞きにきて下さい!
その際は、これでもか!というくらい高校についてお話します(笑)

勉強って、拷問ですか?

2017/20/29

f:id:kurumi10021002:20170410162054j:plain

目の前にいっぱいに水の入ったバケツと空のバケツが用意され、満タンのバケツから空のバケツへと水を移す。
一方のバケツに水を移し終えたら、今度は先ほどのバケツにそれを戻させる。
これを永遠と続けさせることで殆どの囚人は自殺するか発狂する。
ドストエフスキーの小説「死の家の記録」に登場する拷問です。
人間はいつ終わるかも分からない作業を永遠に強制されると発狂してしまうみたいです。
死の家の記録は、僕たちに勉強でモチベーションを保つ方法を教えてくれます。
つまり①無意味な行動を②いつ終わるかも分からない環境で③強制させなければいいわけです。
②は簡単です。
その日の勉強を時間なり分量なりで区切ってあげればいいだけ。
問題は①と③ですが、これは互いに関連しています。
①ができれば自然と③も満たされるのです。

すすんで勉強ができる人は、例外なく自分の目的のために勉強を行っています。
志望校に受かりたい、あいつに負けたくない、一番になりたい、親や先生に褒められたい、いい点を取ったら犬を買ってもらえる(笑)
理由はそれぞれですが、勉強に何かしらの目的を持っているのです。
中には不純な動機も少なくありませんが(「犬が欲しい」とか)、僕は別にそれでいいと思います。
勉強は美しい動機においてされるべきという「理想」は、勉強が好きな人たちに任せておけばいいじゃないですか。
少なくとも、本来は行ったら自分にメリットがある行為を拷問と同じカテゴリで認識しているよりはずっといい(笑)
まずは勉強が自分に対する僕たち大人からの嫌がらせではなく、自分のメリットになるものと認識してもらうことが最優先だと思うのです。
動機付けをして主体的に勉強に取り組むようになるには本人の意志力が不可欠ですが、そのきっかけを与えるのはお父さんお母さん、学校の先生、そして僕たちの役割です。

勉強が苦痛に感じる人は、まずはその動機を見つけてください。
その動機を見つけるために、僕たちに勉強で悩んでいることがあれば気軽に声をかけてください。
非常に小さなことかもしれませんが、僕たちが勉強をしようと思えるきっかけを一緒に見つけます!
「だからSEEDゼミで一緒に勉強しませんか?」なんてつけたら、チープな広告みたいになってしまいますので、そんなことはせず、あくまで塾生さんたちへのメッセージ

魅力のある自己PRの書き方

2016/10/29

f:id:kurumi10021002:20170410161926j:plain

この時期になると、高校生から公募推薦の志願理由書のアドバイスを求められることが増えてきます。
志願理由書を一緒に考えるにあたり、僕は必ず「できるだけ多くのネタを用意してきて欲しい」と伝えます。
大抵の場合、自分なりに作り上げた完成品を持ってきてくれるのですが、実はその子の魅力をぴったり表現することのできる題材は別のところにあるからです。
自分なりに書き上げた文章を持ってくるというのは、料理でいえば完成したお皿の味を確かめて欲しいと言われるようなもの。
完成した料理に関しては味の良し悪しを伝えることか、せいぜい調味料で微調整しかできないのと同じように、書き上げたあとの文章では、どう磨こうとしても限界があります。
そうではなく、その子の持っている材料のほうを見せてくれれば、僕たちの方でいくらでも「レシピ」を提示することができるのです。
先日志望理由書を持ってきてくれた子は、部活動を途中で辞めたことの扱いに困っていました。
予め考えてきてくれた文章では「部活動を2年間頑張った」という強みとしてPRに用いていました。
彼は「途中で辞めた」という材料を、「2年頑張った」という調理の仕方で志望理由書に仕上げていました。
もちろん、それなりにまとまっていないことはなかったのですが、正直「ちょっともったいないな」という気持ちがしました。
正直なところ材料を「素揚げ」しただけに感じてしまったのです。
彼の持ってきた文章を添削し終えたあと、「こんな見せ方はどう?」と、以下の案を伝えました。
「中学時代は勉強になかなか火がつかず、入試が目前に迫って初めて『もっと勉強しておけば』と後悔しました。そのため高校では勉強で有名な〇〇高校に進学することにしました。高校に入学した私は興味のあった運動部に入部しましたが、次第に部活動が楽しくなり、2年生の中頃には中学時代と同じく勉強をおろそかにする自分がいました。再び進路を考える時期になって、なぜ〇〇高校に入ったかを思い出し、このままではいけないと感じました。だから、大好きな部活動を辞め勉強に打ち込む覚悟を決めました。初心を忘れずにコツコツと努力を積み重ねる姿勢。私が高校生活で貫いたことです。」
もちろんこんな文をまるまる伝えては彼の志願理由書ではなくなってしまうので、そのとき伝えたのはあくまでプロットだけ。
しかし、2年近く彼のことを側で見てきた僕としては、絶対にこのようにした方が彼のよさを表すことができると感じていました。
僕が行ったのは、彼の持っている素晴らしい材料に対して、素材が最も活きる調理方法は何かと考え、それを提示することだけ。
あくまで本人の学校生活があるから提案できることです。
本人の魅力は、意外と自分自身では気付けないものだったりします。
僕たちが志願理由書の添削でできることは、そんな本人も気付かない魅力を引き出す作業です。
もし志願理由書で悩んでいる人がいたら、気軽に相談して下さい。
皆さんを身近で見てきた僕たちが、自分でも気付かない魅力を引き出します!