ほぼ日刊、SEED君のひとりごと

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だからノートをとりましょう!~瞬間情報処理能力と情報吸収力は違う~

2017/03/19

授業をしていると、時々頑なにノートを取ろうとしない子がいます。
僕は口うるさくノートに残すようにと言うのですが、きっと、学校の授業などではあまりノートをとっていないのではないかなあと思います(笑)
ノートをとらない子がいるというと、勉強が苦手な子の話をしているように思われるかもしれませんが、実はこのパターンの子に多いのは、比較的要領がよく、呑み込みも早いというパターンです。
パッと感覚がつかめてしまうからこそ、ノートに取ることがまどろっこしく感じるのでしょう。

僕は、このタイプの子にこそ、実はノートを一番丁寧に取って欲しいと考えています。
自分の瞬間的な情報処理能力に頼りすぎていて、自分の思考力を超える情報を消化するのが苦手な場合が多いからです。
僕は、人間の情報処理能力には二つの指標があると思っています。
一つは瞬間的にどれだけの情報を処理できるかという類の処理能力です。
これが高いと、一般的に「頭がいい」とか「要領がいい」と呼ばれます。
一方で人間にはもう一つ、瞬間の情報処理能力を超える内容をゆっくりと、時間をかけて自分のものとして身につけるというタイプの情報処理能力があります。
実は勉強において重要なのはこちらのチカラ。
自分のキャパシティで処理できる情報量をさばいたところで、知識の蓄積は増えるかもしれませんが、生産性そのものは向上しません。
筋トレが負荷をかけることで身になるのと同じように、自分の即座の情報処理を超える分量の情報処理に触れ続けることで、その能力自体が向上するのです。
これをするために最も効果的な学習法が、授業内容をノートに取ること。
たいていの場合、授業を受けると、自分の情報処理能力をはるかにこえる分量の知識が情報の洪水のように与えられます。
その中で耳にしただけで吸収できるのはごく僅かなのです。
ちょうど蛇口をいっぱいまでひねった水道からコップで水を汲む感じ。
そういう、とりこぼすだろう情報をとりあえずノートに書き留めて、次の授業までにゆっくりと噛み砕く。
こういう訓練を積むことが、処理能力を向上させる唯一の方法なのです。
「どうせ知っているから」なんて思わず、一旦授業で書かれた内容は、ノートに取るようにしてみましょう。
きっと、すでに要領のいい人だからこそ、数ヶ月で自分の能力が眼に見えて向上していることに気がつくはずです。

文武両道の表と裏

2017/03/17
同じ内容を言っていたとしても、言い方次第で与える印象は異なるのだなあと感じます。
僕が好きなお笑い芸人、サンドウィッチマンさんのネタで、「新鮮な魚」を「死んで間もない魚」と表現するものがあるのですが、これなんてまさにそう。
「新鮮な魚」と聞けばとてもおいしそうなのに、「死んで間もない魚」と言われると食欲はちっとも喚起されません(笑)
事実を言うのか、それとも耳触りのよい表現を使うのか。
それによって、受け手の印象は全くことなるのです。

今日の授業終わりに自分の机に戻ってくると、ひとりの先生がある生徒さんと勉強の話をしていました。
その子は帰りしなに「文武両道で頑張らなければ」という言葉に、上にあげた事実と耳触りのよさのギャップを感じました。
僕は文武両道という言葉が嫌いです。
というか、あまり信じていません。
確かに、「勉強も部活動も頑張る」というこの言葉は、日々部活動に励む人にとってはとても支えとなるものかもしれませんが、裏を返せば、努力のベクトルを、ちょうど勉強と部活動の中間地点におくということです。
ちょうど部活動にも勉強にも等しく力が行くように努力の方向を定めたとき、それぞれの方向に発揮される成果は約70%になります。
つまり言い方を返れば「勉強にも部活動にも、周りの子と比べて、7割程度の努力でやりきろうとする」とも取れるのです。
もちろん意地悪な言い方をしているのは承知の上ですが、文武両道という言葉は反対に、こういう捉え方ができるということも覚えておいて欲しいのです。

別に僕は、これをもって「だから勉強だけに力を絞れ」なんて言いたいわけではありません。
勉強では絶対に得られない貴重な経験が、部活動にはあると思っているからです。
しかし、文武両道という言葉の裏には、紛れも無くその道一本で頑張っている人たちと、片手間で渡り合っていかなければならないというハンディが存在します。
文武両道という言葉を口にするのなら、「私なら7割の力で周りと勝負できるのだ」と言いきれるくらいの覚悟を持って欲しいのです。
その認識があるのならば、恐らく本当に文武両道が可能でしょう。
文武両道とは体のいい自己啓蒙の言葉ではなく、ずっと覚悟の伴う言葉です。
今までに文武両道を掲げて、結局どちらも中途半端になってしまった生徒さんを少なからず見てきました。
どちらも頑張るという方は、「で、自分にはその覚悟があるのか?」を自問してみることが大切かも知れません。

勉強の成長曲線を考える

2017/03/16

経営学では、技術進歩の度合いをS字カーブで表すことがあります。
初めは技術を投入しても全く成果に現れないけれど、あるタイミングを境に、急速にその技術は進化を遂げる。
そして、一定のラインまで伸びきったら、そこからは再び低成長となって、その技術は衰退していく。
一つの技術が成熟し、そして緩やかに衰退していくとき、新たな技術が生まれ、成長してきます。
そして、その新たに生まれた技術が次の成長カーブを描きつつ前の技術を追い越すことで、技術レベルは全体として高くなってゆく。
僕は勉強における努力には、これと非常に良く似た性質があると思っています。

勉強には、ちょうど車のギアと同じように、段階によってすべき努力が違います。
ずっとローギアで運転していても、スピードの伸びに限界があるように、ずっと同じ勉強をしていても、そこには伸びの限界があります。
段階的に成績を上げていこうと思ったら、努力のギアをあげていくことが必要なのです。
まったくのゼロから勉強を始める場合、まずすべきことは、その科目ではどんなことを学ぶのか、どの単元にどんな内容が含まれているかを覚えることです。
そうやって各科目の全体像をつかむ作業が最初の努力。
これができたら、次にひとつひとつの知識をしっかりと修めることが必要になります。
公式や構文をひとつひとつ丁寧に覚える。
単語や数式などの、覚えるべきものは考え込まなくてもスッとでてくるところまで落とし込む。
こういった努力がこの段階に必要な努力です。
そして、この段階も成長しきったら、次は問題を解くための思考パターンを身につける努力が必要になってきます。
この問題を見たら、どの知識を使えばいいのだろう?この問題は何を聞きたいのだろう?
そういった出題者の意図に乗る練習が次に必要な努力です。
この段階を終えたら、次は切り口が全く分からない問題に自ら糸口を見つけていく努力、そして次は…
こんな具合に、努力には段階があって、正しい段階を追って行わなければ成績は伸びないし、一つの努力をずっと続けたとして、やがて成績の伸びは止まってしまうのです。
勉強が伸びないという人は基本的にはすべき努力の段階を間違えている。
勉強が伸びなくなったという人は、次に必要な努力へのシフトができていない。
ここで悩んでいる人は少なくありません。
段階を追って努力のフェーズを変えていく。
この視点が、とくに受験勉強には不可欠です。
努力のS字曲線、そしてそれにあわせたギアチェンジ。
今の段階からこの2点を意識するようにしましょう。

No.285 頑張りの30%が無駄になる!?

2017/03/11

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何のために勉強をするのか?
学校の定期テストで点数を取りたいのか、内申点を上げたいのか、それとも入試で志望校に合格したいのか。
僕が授業を担当する場合、目的を明確にすることにとことんこだわります。
何のために勉強をしているのか、それが明確にならなければ、結果に結びつかない余計な労力を割くことになってしまうからです。
中学1年生の理科の授業で「力」は向きと大きさで表すということを習ったと思います。
高校生であれば「ベクトル」という考え方です。
「力」と同様に、勉強においても「向き」と「大きさ」が重要です。
どんなに頑張って勉強時間を増やす、つまり「大きさ」を大きくしても、「向き」がぶれていては、努力は結果に表れません。

目的を設定することの大切さを知ってもらうために、ちょっと努力を数字に置き換えて考えてみたいと思います。
仮にみなさんは100という「大きさ」で努力したとします。
目的を明確にして、そこに向かってまっすぐ勉強をしたとしたら、努力は100%成果に反映されます。
一方で、仮に目的を定めずに漠然と勉強をした場合を考えます。
今回は仮に45度だけ目的と違う方向に努力をしたとします。
この場合、目的の方向には本来の努力量の71くらい(理由は中学3年生で習います!)しか反映されません。
これが目的を明確にして欲しいという理由です。

目的を明確にするというのは、具体的であればあるだけ、結果に表れます。
漠然と「勉強をするより」は「定期テストで点数を取る!」ですし、「定期テストで点数を取る!」よりも「英語で80点をとる」の方がより結果は良くなるでしょう。
さらに「80点を取るために〇〇を頑張る!」みたいなところまで具体化することができれば、尚いいです。
実は、殆どの子が目的を明確にするということができていません。
だからこそ、はっきりと目標を定めることが周りとの差別化要因になるのです。
あまり意識されていないことですが、努力は始める前に既に差がついています。
その一例が「目的を定める」ということなのです。
頑張ることは大切ですが、せっかく頑張るのなら、できるだけ努力が結果に反映された方がうれしいですよね?
勉強に限らず何かに打ち込む際は是非、この「目的を明確にする」ということを意識してみてください!

日頃から意識し続けることで、「見える」ようになる

2017/03/10

以前、ダウンタウン松本人志さんと島田紳助さんが二人でやっている番組の質問コーナーで、「どうやったら(二人みたいに)面白い経験が頻繁に起こるのか?」という質問をされたときのこと、松本さんが「同じ経験をしているのに、オモロいと思うやつとオモロいと思わんやつがおる」と言ったら、紳助さんが大きく何度もうなずくというシーンがありました。
「ホンマにそうやんな。俺らはオモロいことがないかと、常にそういう視点でおるわけやん。そしたらどんな場面でもオモロいことが目に入ってくる」
紳助さんが松本さんの説明にこう付け加えると、今度は松本さんが大きくうなずいて、そのやりとりがとても印象的だったのを覚えています。

「常に意識していることで、それが目に映るようになる」
これを聞いたときに、先日デザイナーの友人とデパートへ行ったときの出来事を思い出しました。
僕は街を歩いている中で親子連れの人たちばかりが目につきました。
それで僕が「今日はベビーカーが多いよね」と言うと、その友人は「そう?」とそっけない様子。
一方でその友人は所々に貼ってあったポスターにばかり目がいっていたようで、
〇〇のデザインが」という話をしていました。
先ほどとは反対に、それらは僕の記憶には全く残っていませんでした。

ずっと一緒に歩いていて、同じ光景を目にしているはずなのに、お互い目に映った景色は異なっていた。
これは、僕たちが普段何を意識しいているかが違うことに原因があります。
デザインをやっている友人は日頃からフォントや配置を意識しているから、そういった部分がよく目につく。
一方で僕は普段から子どもたちと接する機会が多いので、子どもたちが目に映りやすい。
何が見えるかは、その人の意識しているものによって異なるのです。

さて、しばしば生徒さんに「なんでこんなん覚えなあかんねん!」と言われることがあります。
それに対する僕の答えは一つ、「知らなければ見えないから」です。
たとえば、[have]には[have to(~しなければならない)]、[have 過去分詞(完了形)]、動詞の[have]など、いろいろな用法があります。
これらの知識を知らなければ、そもそも[have]をみたところで、気にもとまらないのです。
知っているからこそ意識ができて、意識ができるからこそ、結果に繋がるのです。
知識が増えれば増えるほど、「気付き」は多くなります。
だから「覚える」ことが大切なのです。

「問題を解く」という行為を分解する

2017/03/09

「頭の中に有名人を思い浮かべてください。」
「それは男性?」
「ロックミュージシャン?」
「男女のグループ?」
紅白歌合戦に出場したことがある?」
「名字が『ふ』で始まる?」
「思い浮かべているのは〇〇ですか?」

少し前に流行った、アキネーターというスマートフォンのアプリがあります。
あやしいインド人風のランプの精が出てきて、スマホの画面越しに質問を投げかける。
その質問に答えていくとなぜが頭で想像していた有名人が当てられてしまう。
このアプリが発表されたばかりのころ、面白くて何人もの芸能人の名前を思い浮かべて挑戦したのですが、ことごとくアキネーターに当てられてしまいました。
非常に面白いこのアプリですが、仕組みはいたってシンプルです。
膨大な有名人の名前のデータベースがあり、それぞれの名前に関連する言葉が紐付けられている。
そして一つ一つの質問で選択肢を削っていき、頭に思い浮かべている人物を特定する。
おそらくこんなプログラムが組み込まれているのでしょう。
このアプリには同時に有名人を特定できなかったときに情報をどんどん更新していく、ディープラーニングのシステムが(おそらく)組み込まれています。
数年ぶりにアプリを起動してみたら、以前よりも精度が上がっていてびっくりしました。

このアキネーターの仕組みは、実は僕たちが勉強をするのと全く同じ構造からできています。
僕たちは問題を解く際に、その場で答えを導き出しますが、それは目の前にある問題から様々なヒントとなる情報を読み取って、頭に入っている情報と照らし合わせることによって行われています。
当然頭のなかのデータベース量、つまり知識の量が多くなければ答えにたどりつくことはできません。
あるいは、仮に知識がしっかりと身についていても、その情報が何なのか、その情報整理がしっかりできていなければ知識を引き出すことができません(僕はこれを「情報のタグ付け作業」と呼んでいます)。
頭の中にできるだけ多くの情報を、正しく整理して入れておく。
まさにアキネーターと同じです。
問題と向き合うときは、このように心がけて下さい。
因みに冒頭で僕が思い浮かべた芸能人、誰かわかりますか?

よく見る、そして確認する。

2017/03/03
男「お前は何が食べたい?」
女「あなたと同じもの」
男「分かった」「すみません、しょう油ラーメンを2つ!」
女「すみません、私もしょう油ラーメンを2つ!」
男「!?」
お笑い芸人のサンドウィッチマンさんのネタに、こんなやりとりをするショートコントがあります。
男が言ったことばを女性が額面通りに受け取って、思わぬ方向に受け止められてしまうというのがこのやりとりの面白いところ。
僕も指導をしていて、何度かこんな経験をしたことがあります。

「進行形にするには、be動詞+動詞ing系の形に直せばいいよ。」と説明したら、「be動詞ないのにこれはもうingついとるやん!」と生徒さんが返してきました。
何を言っているのかと思ってみてみたら、その子が指さしていたのは[sing]という動詞。
確かにすでに[-ing]がついている(笑)

また別の生徒さんで、[enjoy/stop/finish]の後ろは必ず[-ing]になるんだと教えたとき、その日の演習問題をみたら、[enjoy/stop/finish]が全部[enjoying/stopping/finishing]となっているなんていうこともありました。
確かにこちらもある意味で間違えではないです(笑)

こうした伝達のミスを見るたびに、指導者としてもっと伝え方を工夫せねばと思う一方で、耳で覚えるだけでなく、ノートを見直し、目で確認して欲しいなとも思います。
これらはいずれも、授業の冒頭でノートにまとめていた内容です。
だから、問題で手が止まったときに、しっかとノートを振り返っていれば、上のようなミスはしなかったのではないかと思うのです(もちろん僕たちがその場でノートを見直そうと注意すればいい話なのですが)。
勉強が得意な人ほど「なんとなく」の理解を嫌がります。
9割分かっていても不安だからノートを振り返る、正解したけれどどこかしっくりこないからまとめたポイントを確認する。
そうやって僅かな疑問点まで一つ一つ潰そうとするから、結果として勉強すればするほど成績が上がっていくのです。
「正しく見る」そして「よく確認する」。
これを徹底することが勉強を伸ばすのに最も重要なことです。
知識があるのに、問題を解いていて点数が伸びないという生徒さんは十中八九これが原因です。
常に「よく見る」ことを意識して下さい!